★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠いひと15

昼間の仕事のミスを処理しながら

すこし沈む気持ちを振り払うように

事務的な問い合わせを受けて営業先へとむかった。

 

口頭で事務手続きを説明して挨拶を交わし

踵を返したところで、先方から嬉しい言葉が。

かねてから提案してきたプランが

成約するかもしれない。

期待していないところに舞い降りる幸運。

 

仕事の話は以前は彼にも聞かせていた。

僕はまわりに誰もいないし、仕事で人と対話するだけだから、ハナコの話を聞く側の方が合っているよ。

 

そういってくれるのなら、と

あったことを包み隠さず話してきた。

良いことも悪いことも、自分に沸き起こる黒い感情も。

バランスよく織り交ぜているつもりだった。

 

だけど彼は言うのだ。

ハナコの話はネガティブなものが多くて

そういうのを聞き続けると僕は不安になる。

ハナコは笑いながら話すけれど

笑いながらでも内容は、だめだった、出来なかった、そんなのばかりだ。

 

営業なので。

出来るより出来ないの割合が多くなるのは当然で、数撃ちゃ当たる方式でやってるのだから

凹んだり萎えたりしている暇はない。

玉砕しても笑って次に挑む様を話してきたつもりなのだが

それはあくまで、つもり、で

彼にはそうは聞こえないのだろう。

 

ネガティブな話をも聞いてくれるからこそ

成功したときの話も聞いてもらいたくなるのじゃないか。

 

わたしが口を開かねば会話が無くなる2人。

いま、仕事の話を彼にはしない。

 

このひとは、わたしの過去をよく知っている。

その時々で彼はわたしにとって物語のベストな聞き手だった。

相槌を打ち、狙ったところで狙い通りの反応をみせ、意見したり話を遮ったりしない。

彼は全身全霊をわたしの話に傾けて

ひとことも取りこぼさないようにしているみたいだった。

 

だから、今でも酔ったり話がこじれてくると

過去のわたしを引っ張り出してきては

酒の肴にするように、わたしたるヒトを分析しては、とうの本人にむかって発表会を開く。

彼の指摘や分析はきっと正しい。

正しいからといってわたしが不快な思いをしてもよいとは思わないのだが。

 

彼はわたしの過去の言動だけを掘り返しては

データをもとにわたしを分析してみせる。

当時の心境や環境について捕捉しようとするのだが

そこのところは軽く聞き流されてしまう。

 

わたしは彼を目の前にして

あなたはこういう人だよ、と断定することが

出来ない。

それはしてはならないことだと

なんとなく思うからなのだ。

 

2週間ほどまえのバトル以後

事務的な連絡以外での会話はない。

 

わたしは彼に理解してもらうことを

求めるのをやめた。

彼のことを理解しようとすることも

必死にはやらないことにした。

 

きっと、分かり合えないのが悪いのではない。

分かり合えないを

分かり合えないんだな、で置いておかないのが

いけないのだ。

諦める、と言ってしまうとネガティブだけど

認める、と思えばそんな悪くない。

 

ともに暮らしながら距離をとって

傷つけ合わないようにする。

ふたりでいるけど、ひとりで考える。

 

わたしたちは

ひとりよりはマシ、な状態なのかもしれない。