★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠いひと25

眠れない。

夕寝が効きすぎたか。

 

ついさっき、ファンヒーターの灯油が切れた。

今日はあたたかいと感じたわたしがオフにしておいたものを

彼が寝入り端にオンにしたとたんに

給油ブザーが鳴り響いた。

 

あー。。タイミング悪。

まるで給油しなきゃならないとわかったから

ヒーターを止めてほおっておいたみたいじゃないか、と、暗い気持ちになる。

 昨日まで気にかけていたのに。

 

バイトに出る彼は帰宅して寝支度をするまでの間に洗濯もする。

ゆったり在宅のわたしがすればよさげなものなのだが、

彼の脱いだものがその日最後の汚れもの、になるため、いつしか彼の役目になった。

彼が夜、洗濯機を回さないなら、翌朝わたしが回して干して出ればよい話なのだけど

 

そんなの、どっちだってかまわないし

これをする、しない、で何かが変わるわけではないよ、

 

裏を読みたくなるような言い草をつい最近きいたばかりなので、

それは、もう気にしないことにしている。   

 

だから、灯油だとか、彼が居ない間に不足を補充するくらいはやっておかないと

働いて帰ってきた彼と、まったり休息のわたし、の差に、彼が苛立つ要素をプラスしてしまう気がするのだ。

 

給油ブザー。

さて、どうしたものか。暗闇のベッドで迷っている間に彼が動いた。

 

ぶちっ。ざざっ。がつっ。ぽふぽふ。

 

ヒーターをいったん止める音。

灯油缶を取り出す音。

カーテンを勢いよく引いて灯油のあるベランダの扉を開ける音。

勢いのまま灯油缶をベランダのコンクリの上に置き、給油ポンプを荒々しく掴む音。

給油する音。

 

音。音。音。

 

ビールをテーブルに置く音。

溜息と苛立ちの混ざった呻き声。

 

 

最低限の会話。

緩和剤になれば、と、彼にコーヒーを淹れたときに添える言葉は緩めの響きを意識する。

はぃ。ここにおくね。  

 

だけど就寝前になると、やはり身構える。

今この次の瞬間に

 

あー。。。と、彼が大声を張り上げ

いいかげんにしろっ、と

掴みかかってきて

右に左にわたしの頬を叩き

倒れたところを足で蹴り上げてくるかもしれない。

 

そうして

出て行け、何も持つな、いますぐだ、

そう言いながら玄関へとわたしを追い詰めてくるかもしれない。

 

きっと彼の限界は近い。

 

初めて会った日の帰り際

この先いつ会えるか、もしくはもう会えないか

先のわからない別れを前に

切なそうに苦しそうに

身を切られるような呻き声を上げながら

わたしをきつく抱きしめたあの彼は

 

いったいどこへ行ったのだろう。

 

わたしはあのときもハナコ

いまも変わらずハナコなのに。

 

その変わらなさをあなたは責める。

ハナコは変わらない。

ぼくはハナコに添うために変わったのに。

 

なぜわたしが変わらないのか。

その答えをつきとめたら

いっしょにはいられなくなると

きっとふたりとも気づいているのだ。

 

きづいているけれど

きづいていないことにしようよ、と

語らないままに伝え伝えられている。