★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠いひと33

話をしなくても

いられるものなのだな。

 

気持ちが落ちたり、心配事があったり

不安な思いに苛まれていても

相手にさとらせてはならない。

それはそれで横に避けておいて蓋をして

談笑したり、ふざけあったりしなければ、

それくらいは出来なければオトナではないと

思ってきた。

 

彼は常に、暗いマントを羽織っていて、

それは脱ぐことが出来ないもので

それでも努めて笑っているのだから

わたしが気分のままに、過ごしていてはいけないと、

思っていた、というより

思うように仕向けられてきた、と、今は思う。

 

ぼくがいなくてもハナコは生きてゆける。

それはハナコには周りにひとがいるから。

ぼくにはいない。

その差は、大差だよ。

 

そう言われるたびに

すこし不快に感じて反論したくなったものだ。

 

このごろ

彼はよく独り言をいう。

ときおり歌う。

 

それが、彼自身を守るための儀式のようなものなのか、

それともわたしに対する気遣いで、

いまのこの状況は、取り立てて大きな問題ではないよ、という伝達なのか

わからない。

 

わたしが

自分の思いや考えを全く口にしなくなってから

もう、ひと月になろうとしている。

言わないのだから反論もされないし

これまでのあれこれを咎められることもない。

ましてや激しい罵り合いからの暴力沙汰に発展することもない。

 

かわりに

彼の考えや、今の思いを知ることもない。

 

ふたりの関係は、もうずっとこのままで

修復は不可能だと思い始めているのか、

もしくは、こんなものでしょ、おかしなふたりがともにいるのだから、と納得しているのか。

 

こうしていると

これまでずっと、わたしは

なんのかんの言いながらもわたしなりに

彼に寄り添っていようとしてきたのだという事がわかる。

話をしなくなった彼に、懸命に話しかけてみたり

職場に顔を出してみたり

返事がなくても

おはよう、おやすみ、いってらっしゃい、

おかえり、を、絶やさなかったり

抱きしめにいったり。

 

いまもなお、そういうことを完全には放棄できないでいる。

朝、目覚める前の彼にキスをしに行くのは

大切な儀式。

ともしびはまだちゃんとあるよ、の合図。

 

これまでいつも迎えに行ってた。

あなたは迎えにはこないの?

迎えにはこられないの?

 

このままのほうが、わたしはラクだし

このままでもかまわないけれど

ともしびは風前。

 

消えてしまったら

ほんとうのおわり。

 

あなたは迎えにはこない。

期待通りにはいつもならない。

 

火をふたたび灯すことも

わたしひとりに委ねるのですか。

ぼくより恵まれているから、という理由で。