★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠いひと 1

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はじめて異性に手を上げられたのは今から3年前。

怒りが沸点に達したときに、冷蔵庫を殴って凹ませたヒトや、

怒鳴り声をあげながら壁を蹴るヒトや

いろいろいたけど

 

ダイレクトにこちらに掴みかかってこられたにのは初めてで。 

過去の話をしたときに、彼が手を上げるヒトだということは聞いていたし

それまでの口喧嘩で白熱すると

歯止めが効かなくなる様はさんざ見ていたのに

なぜだかわたしに手を出すことはないだろうと

勝手に思い込んでいたのだ。

 

これまで4回ほどやられてきたのだが

初回は物凄い形相で向かってきたかと思いきや

両の手でわたしの髪を鷲掴みにし、固定したあと壁に頭を打ち付けることからスタート。

 

わたしは常からテレビでも小説でも暴力シーンというのがどうにも苦手で

感情移入するやら激痛共有するやらで胸がバクバクしてくるタチなのだ。

おそらく思春期に激しい反抗期を迎えた姉が、不器用な父を刺激して毎夜繰り広げられた惨劇に身を震わせた経験がそうさせるのだろう。

 

普段の彼はわりに穏やかで、たぶん周囲から気弱と思われるようなタイプなので

豹変度というのがまたすさまじい。

 

壁どんどんどんっ、の瞬間

驚きと恐怖のあまり、自分が目を見開いているのがわかる

ああいうとき、痛みは翌日ひどくなる。その瞬間はただただ驚きや怖さ。

 

わたしが泣こうが身をよじろうが、もう、目の前にいるのは彼に憑依した魔物なので、どうやっても

頬を打つ手は止まない。

ライオンに食べないでほしいと懇願したって 

通じないのと同じだ。

 

こうなると

ひたすら黙々手を打つわけにはいかないのか

聞くに耐えない罵詈雑言を足してくる。

胸の上あたりから勝手にガクガクと身体は震え、肩、足、痙攣のように振動しはじめる。

 

身体の振動に反して頭ん中は逆のリズム。

ゆるー、ゆるーっと弛緩してゆく。

あー、もうだめだなぁ。

ぼこすこ手を挙げる彼を見上げながら

これはとんでもないことが起こったんだなぁと思いはじめる。

 

もうむりだ。。といつしか口にしてしまう。

その呟きは揚げ物油火災に水を投げ込むことになる。

 

床に押し倒され、あっという間に馬乗り。

左右にぱしぱし平手が飛ぶ。

ぐーの手でないのは、殺さないように気をつけているのかしら。

ひとしきりを終えると

次に待っているのは理不尽極まりない要求である。

 

こうなるのは大抵真夜中なのだが

すぐにでてけ、何も持つな、車には乗るな

着替えるな、まぁひどいことを次々言い出す。

 

抗いようがないので顔を腫らしボサボサになった髪のまま

パジャマで玄関に向かうと今度は

出てくなら2度と戻るな、荷物を取りにくることも許さないと背中にたたみかけてくる。

 

なかなかの状況だと認識してはいるものの、

なぜだか冷静な自分がひょっこり出てきて

考え込む。

 

まず明日仕事に行けなくなると困る。

お客さんと約束してるアレを先延ばしには出来ない。

こんな目にあってまでコイツと居たくはないし

出てけと勧めてくれるのだから

出てゆきたいのはやまやまなのだが

過去の自分の悪事のせいで

わたしはひとりでは部屋をかりることも

車を買うことも携帯を契約することもできない。加えて、捨て身になってまで助けてくれるひとはもうどこにもいない。

普段はすーん、と澄ましてスーツに身を包み、それらしい社会人を装っているのだが

その実、ひとりで生きるに必要な大事なものをあまり持っていない。

ぽいっと屋外に出されたら即路上生活に移行するほかないのだ。

 

逡巡していると

さらにそれが彼を苛立たせるのか

いつまでそうしているのだ、すぐだ、いまだ、のろのろするな、でてけ、でてけ、の煽りの嵐。

 

もう猶予の余地ない言い方なので

どうにもできないな、と諦め、寒々しい戸外に出ようと玄関に立つと、また背中に声を投げつけてくる。

2度と現れるな。荷物は捨てておいてやる。

 

えぇ。。わたしにだって宝物はある。

高価なものはなんにもないけど大事に集めたアレもコレも捨てられたらたまらないな。

やだな。。また足が震え始めた。

 

 

こんな光景を誰かが上から覗いていたとしても

きっと思わないだろな

わたしは彼を救うために

持っていたものをあっさり手放し

いくつもの県境をまたいで

駆けつけた勇者だったなんて。

 

つづく