★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠いひと 2

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彼に言わせると

わたしは相手を怒らせる天才なのだそうだ。

 

むろん、自覚はないし

そう言ってくる彼自身が

自分を規格外だと認めているのだから

オーディエンスでもしないかぎり

それが正解なのか

彼にとって都合の良い解釈なのか判断しづらい。

 

わたしに言わせれば

彼の方こそ、

わたしを不快にさせる才能に満ちているわけで。

 

 

たとえばこうだ。

 

わたしはまぁ、わりとうっかり屋さんだ。

でもまぁ

誰かに甚大な被害を与えるくらいのうっかり、で

ないのならば

笑い話で済むじゃないか、と思っていたりする。

それが彼とはそうはならないのだ。

 

あるとき、先に帰宅したわたしが玄関の鍵を閉め

うっかりチェーンまでかけてしまった。

 

あとから帰宅した彼が鍵を開けてドアを引くと

がつんっ、チェーンに阻まれて入れない。

 

あ、ごめんごめんっ

走ってチェーンを外しにゆく

むっ、とする彼。

 

わたしは、自分が粗忽者だと認識しているので

他者のそれにも寛容で

同じことを彼がしたときに

 

もぉーやめてょー締め出す気?とかへらへらしてしまう。

 

彼もたぶん初回は我慢できるのだ。

同じうっかりを3回ほどやらかしたあたりで

ぴきっ、とこめかみに筋が入る。

 

浴室暖房を立て続けに消し忘れた

加熱式たばこの本体を落として壊した

お風呂あがりに浴室で身体を拭かず

すぐにマットに乗ってマットをびしゃびしゃにした

 

やらかす方が言うなよ、と言われたらそれまでだけど

どれもこれも

やらかしたうちにカウントしちゃう感じ?って

正直思う。

目を釣り上げて怒るほどのことか?

口もききたくなくなってしまうほどに?

 

 

わたしの過去を知りすぎている彼は

いっしょに暮らすようになってから

わたしの歴史書片手に

答え合わせをしているようで

 

「いちど注意しても何度もやるっていうのは

本気でやめなければならないと意識していないからだ。

ハナコはずっとそうしてきた。

そうしておいて、その不注意が元で

大事が起こったときには逃げ出すんだよ」

 

そうなのかもしれないし、そうではないかもしれない。

いかんせん、本人は自覚していなさそうだけど

彼の意見には何故だか絶対の自信があり

かなりの圧がある。弁明の余地の無さをコンコンと添えて話してくるのが腹ただしい。

 

当初は反論を試みたのだが

ディベート大会で彼にはかなわない。

あたまの回転の差もさることながら

反論に反論するときの根気たるや

頭のフルマラソンランナーばりで

3時間も4時間も止まらなくなるのだ。

すこし異常だと感じる。

 

わたしはそういう意味では短距離ランナーなので

瞬発力はあるものの、持久力に乏しい。

最後のあたりになってくると

あー、もう、どっちでもいいから寝かせてください、になってくる。

 

 

彼には友達がいない。

かつてはいた。

彼には家族もいない。

かつてはいた。

彼は母親に愛されることなく育った。

自身の事を口にして語るのはわたしが初めてだという。

 

初めてであり、唯一なのだ。

 

わたしには親友はいないけれど、友達はいる。

家族はいるけど

半縁切り状態。縁切られ状態といおうか。

離れて暮らす息子と娘がいる。

ぺらぺらと自身の事を話す相手なら数人はいる。

信頼してる、とか、心を許している、とかいうのでもなく

どう思われようがまぁいい、みたいなノリだけど。

 

他者とのつながりは彼よりは幾分多目。

その幾分が

彼に言わせると大差なのだそうだ。

 

 

彼がいなくてもわたしには話しかけてゆく相手がいる。

彼はわたしがいなければ仕事以外で話す相手はいない。

 

誰も話す相手がいなかった頃

彼はビールとネトゲと昼夜詰め込んだ仕事で

長い時間を埋めてきた。

それは想像するに

生きていながらにしてしんでいるような青白い世界。

 

つづく