★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠い人 5

ふたりで暮らすようになってからも

離れていた時と変わらず

彼は突然鬱いでは部屋の灯りを落とし

口をきかないことがしばしばあった。 

そうして驚くほどにアルコールを摂取する。

 

彼はずっと以前に環境変化がもたらした「悪いもの」が内部に浸透して以来

鬱の症状を抱えるようになっていて

その症状は突如やってくる。

 

わたしが何をしたでもなく、ふいにそうなるのだが

2人で暮らすなかでそうなると

どうしても

わたしの何かが彼をそうさせたのかもしれない、という思いにとらわれてしまう。

どれだけ前置きされていても

態度を数秒で豹変させるようなやり方はないのじゃないか、と

ど黒く澱んだ心の中で彼を責めてしまう。

 

どうしたの?

なにかわたしがした?

 

と、あっけらかんと問いかけることが出来ず

近寄ることも出来ず

遠巻きに眺めながら途方にくれたあげく

 

わたしは彼と同じように鬱ぐことになる。

 

そうして終盤になってくると

我慢の限界を迎えたわたしが彼に詰め寄るのだ。

どうしてほしいの?

なにがいけないの?

わたしがなにをしたの?

あなたの突然すぎる変化についてゆけないよ。

 

と、

彼は虚ろな瞳をこちらに向けることなく

息を吐くついでに囁いたようなか細い声で弱々しく呟くのだ。

 

なにもされていないし

怒ってもいないよ

 

まだハナコは理解してはくれないのだね、と

言いたいのだろうと想像する。

正直苛々してしまう。

彼のコンディションに振り回され、これほど疲弊しているというのに

打破する手立てが見えてこない。

 

彼は言うのだ。

ハナコは怪我をしたヒトを前にしたときに

どう対応するの?

大丈夫?と声をかけて

痛がっていたら寄り添って出来ることを

しようとはしないのかな。

 

僕のコレは血が流れないし見た目にわからない。だけど病気なんだよ。

何をしてほしいとは望まないけど

何もする気がないならせめて

病んでるヒトを責めないではいられないの?

 

自分がとても愚かな人間に思えてくる。

ナースを志望しておきながら

患者を前に

痛がって苦しがってどう処置していいかわからないからわたし、しんどいわ、と

愚痴愚痴言ってるのと同じじゃないか。

ドクター待ちだ。

 

彼への処方が間違っているのはよくよくわかっている。

ならどうしたらいいか。

どうしてくれようか。。

そう考え始めると必ず余計な声が頭に響き渡る。

 

「いやまて

なぜわたしが責められているのだ。

彼が抱える心の病に対して

素晴らしいケアが出来ないからといって

責め苦にあういわれがあるのか。

わたしが新米ナースで、医者ではないことが

ダメなのなら

はなから医者を探せばよいではないか。」

「わたしはたしかに彼を救いたいと願い

救えるのは自分しかいないと奮い立った。

そうではなかったことに彼が失望するように

わたしだって落胆甚だしいのだ。

彼を救えるのは、もうひとりの彼しかいないじゃいか。わたしではない。」

 

毎月1度訪れる彼の闇の時を

わたしは生理だと思うことにした。

来て欲しくなくともきっちりくるのだ。

間隔があくようになれば少しは楽になれるのではないか、気長に待つのもよいかもしれないと。

 

しかし残念なことに

この3年

平穏な日々がふたつきと保たれたことはない。

 

つづく