★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠い人4

彼の言い分はこうだ。

ふたりで暮らすようになってから

ぼくはハナコの意に沿うようにずっとずっとしてきた。

給与が多いほうが負担も増える。

そんなことは別に問題でない。

補い合うことは至極当然なのだから。

ただそれを甘受する側の考え方や態度によっては

「これだけやってやってるのに」となってしまうよ。

じつに正しいことを言っている、とは思う。

ただ、補足したいところがたくさんある。

わたしは今より遠い土地に住んでいた。

田舎で生まれ、田舎特有の濃くて澱んだ関係性を断ち切るべく、都心へと向かったのは20歳のころ。

結婚、出産、離婚を経て彼の元へ辿り着くまで

誰からも干渉を受けない場所で生きる快適さが

わたしを、わたしでいさせてくれていると思っていた。

離婚したとはいえ、わたしも母である。

子供らの親権は別れた夫にあったものの

やはり彼らの側からは離れがたく、何時も駆けつけられる場所に居処を構えていたのだ。

その環境を捨てざるを得ないと判断させたのは

ほかでもない彼である。

彼は出会った頃から今に至るまで

「しにたいひと」だった。

遠距離で連絡を取り合いながら

その心を安定させてあげることがわたしには出来なかった。

今にして思えば、この身を隣に持ってきたところで

彼の抱えた深く重い鉛を打ち砕くことなどかなわないのに

その時は浅はかにも

わたしが彼を救う唯一無二の存在なのだと

そうする天命にある、と思い込んだ。

だから反対する友をなだめ、

成人したばかりの年子の子供を説き伏せ

はだかでひとつに近い状態で彼の元に身を寄せるという暴挙に出た。

わたしとふたりになることで

彼はきっと人生ではじめての幸せを感じることになるのだ、と、信じて疑わなかった。

彼が用意してくれた住まいで暮らし

序盤は彼の収入に頼り

少しの間、身を休めたら仕事を再開して

子供らに、友に会いに行こう、そう考えていた。

彼は全てを捨てて来たわたしをきっと

大事にしてくれるだろうし、

わたしも彼を大事にしてゆく、と思っていた。

ところがそうはいかなかった。

慣れない土地で、言葉もアクセントから言い回しから

すべてが新しく、戸惑いながらも

不安を彼に感じさせないよう、飄々としてみせるわたしに彼がぶつけてくる不満は

わたしにとっては、そのくらいを咎める?なぜ?

としか受け止められなかった。

つづく