いちばん近くて遠いひと12
たばこを吸い終え
気持ちを固めて車を走らせる。
今頃、家の中はめちゃくちゃになっているかもしれない。
さっきまで整然と棚に収まっていた食器は
割れて床に散乱し、
わたしの部屋のクローゼットの衣類は屋外に投げ出されているかもしれない。
けれどそれならそれを確かめてやろう。
途切れることなく続くラインに返事をすることなく既読をつけ続け
自宅に舞い戻って車を停めてからひとこと打ち返す。
かえるよ
そうだね、あなたの世界にかえりなさい
もどったよ
ロックを外して
既読がつかない。
意を決して鍵を片手に玄関にむかう。
ガチャリと回してそっと扉を引くと鉄製の細長いロックが目にとまる。
そのまま引き続けると、なんてことなくドアは開いた。
鉄製のUの字を横に倒したロックは肝心の根元の留め金が倒してあって、ロック機能を果たせないようになっていた。
これは以前にわたしが
うっかりかけたロックによって、彼を締め出しかけた時に、次回に備えて彼が取った対策だ。
その時は、嫌味だなぁ、とわたしは思い、
同じ失敗をさせないように先回りをする抜け目のなさを不快に感じたのだが
今となってはお陰様で、だ。
彼はそれをわかっていて
ロックをかけた事にしたかったのかもしれないが。
そっと靴を脱ぎリビングの引き戸をひくと
ソファにいつもと変わらぬ彼の姿があった。
毛布を重ねて身を包み、横になっている。
ほんの数分前までラインが飛んできたというのにすでに寝息を立てている。
ビールがよく効いたのか。
ともあれ、冷えた身体に室内の暖房が優しい。
すこし逡巡して
自分の部屋から毛布を持ってきて
リビングの彼のベッドに身を横たえる。
寝息を立てて眠っている彼を盗み見ながら
かえるよ、と聞いて
すこし安堵して睡魔に襲われたのかもしれないな、と、自分の都合のいい解釈をしてみる。
なんだか落ち着いた気持ちになってきた。
そうしてわたしの方は暗闇に目を向けて
あたまの中のあちらこちらに
もわっ、と浮かぶ雲を
ひとところに掻き集めてなんらかの形にしようとするような
そんなふうをして睡魔の訪れを待った。
そうしているうちに
すとん、と憑き物が落ちたように
どうすべきなのか、どうすればすべてがうまくながれてゆくのか
わかった気がしてきた。