★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠いひと23

仕事柄、定時上がりの彼の方が、わたしより1時間ほど早く帰宅する。

 

帰宅すると彼は洗濯物を取り込み、いまの季節はファンヒーターの前に畳んで置いておく。

それから部屋着に着替えて、夕飯の仕込みをして、アラームをセットして仮眠に入る。

 

わたしが帰宅してリビングに入る扉を引くと、まずソファで目を閉じる彼の姿が飛び込んでくる。

 

起こさないように静かに引き戸を引いて、彼の前を通り過ぎ、

隣室で着替えて、そっと、リビングに戻る。

窓側から、壁に寄せてソファ、多目的ボード、ベッドと

並んでいるのだが、どれも幅は同じくらい。

3分の1に彼が居て、

間に3分の1の空間を置いて

3分の1にわたしが居る。

 

いまの関係だとほどよい距離感かもしれない。

 

寝ている彼から3分の1離れたベッドに横になり、うつらうつらする。

ほどなく、彼のセットしたアラームが鳴る。

 

今日はカレーにしたようだ。

彼は彼で、わたしはわたしで、作って食べる。

 

カレーだし、いっしょにどう?とか

なりそうなものだが、夕飯は別に、というのは、わたしが言い出した事なので、まずそんな展開にはならない。

 

急いでいるのが、気が立っているのか、

台所で支度をする物音がやたらおおきい。

がちゃがちゃ、かきんっ、がつんっ

悪気も他意もない事を祈るが

心臓が、きゅっ、と縮むのがわかる。

 

お皿を置く音、レードルが鍋の縁に当たる音、

卵を割る音、どれも、そっとしようという

意識を外しているのがわかる。

 

キッチンのカウンターにカレー皿とグラスを

がつんっと置いて、彼が椅子のあるこちら側に回ってくるタイミングを見計らって

ベッドから立ち上がり、交代でキッチンに入る。

 

おととい大量に作りすぎたコーンスープを

冷蔵庫から取り出して火にかけ、

フォカッチャをトースターに入れて

目玉焼きを作ることにした。

 

早食いの彼が食べ終わってシンクに食器を運んでくる。

まだ目玉焼きは仕上がらない。

まとめて洗うから置いといて、と

こころで呟くも伝わるはずがなく

食器早洗い大会か、とつっこみたくなるよな勢いでガチャガチャかきんかきん洗う彼。

 

困ったひとだ。

 

平静にこころを保つために

しずかにゆるーゆるーっと火にかけたスープを

まぜまぜ。

しずかーにお皿に注いで

しずかーにトースターからパンを取り出し

焼けた目玉焼きをうつした平皿の隙間に置く。

 

そっとカウンターに乗せて

キッチン側からくるっと回って椅子に座り

ちいさく、いただきます、とつぶやく。

 

ついでのように、ソファに戻った彼に向かって

「薬、買い足しといたょ」と伝えると

「うん」と

平坦な返事がかえってきた。

 

市販の風邪薬なのだが、割に高価なそれは

体調を崩しがちな彼にとっての必須アイテムとなっている。

頻繁に服用するせいですぐに無くなるのだ。

家計をすべて彼に委ねていた時は

薬も、そのほかの衛生用品も、在庫を気にしないようにしていた。

気にすると買って来なければならなくなる。

買ってしまうと、わずかな手持ちが減る事になる。

足りない、と言うと嫌な顔をされるのだから

足りない状況に陥るわけにはいかない。

だから

気の利かない、何も気にしないヤツでいるほかなかったのだ。

 

いまは違う。

ざっくりと財布を分け、それぞれにお金を持つのだから、気がつけば気がついた方が買えばいい。わたしはケチではない。

むしろ、足りなくなろうが払ってしまうが常の向こう見ずなのだ。

 

逆に彼は最近まったくそのあたりに頓着していない様子。

あえて、なのか

今まで自分ばかりに負担が大きかったのだから

回収してやろう、という魂胆なのかわからない。

 

ハナコは僕のことをひどく意地の悪い人に

しようとする、と、よく言われたけれど

 

その実、彼は要所要所でひどく意地悪だ。

 

本人だって気づいているとおもうのだが、

わたしにはとうてい出来ない仕打ちを平然としかけてくる。

 

本を読むひとを無視して消灯してしまう、とか

わたしにはやっぱり理解不能だ。

 

シンパシーは共感

エンパシーは相手の気持ちを想像する力、なのだとか。

 

わたしたちはシンパシーを感じて惹かれあったはずなのに

エンパシーを持ち合わせていないようだ。

 

欠陥同士。

こうなるのは必然なのかもしれない。