★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠いひと22

ゆうべ沈黙のなか

彼は変わらずゲームを、わたしは読書を。

基本、彼は昼夜問わず部屋の灯りを最小限にしたい人なのだが

同室で読書をするわたしに気を遣って、か、

本が読めるくらいの明るさで過ごしていた。

 

夜更け、彼がシャワーに向かった。

シャワーから出たらビールタイムだ。

ビールタイムは部屋を暗くする。

いつものことだからわかっている。

わかっていながら身構えることはしない。

 

身構えようがそうでなかろうが

本を読むわたしの姿は目に入っているだろうに

バチンッ、という音と共に電気が落とされる。

 

突然の停電かのように、本を持ったまま

読めなくなったページをぼんやりみつめる。

 

かなりまえに、幾度か不平を唱えた事はある。

消すよ、の、ひと声もなく、そうされると

まるでわたしが存在しないかのように

扱われていると感じるし、あんまりなんじゃないか、と。

 

改善してくれた時期もある。

消しますよー、と声をかけて同意を求めてくれるようになった時期もあったのだ。

 

きっと、いま、それは彼の中の「してはいけないこと枠」から、「しなくていいこと枠」に移動になったのだろう。

 

前はこういうことが起こると黙っていられず

都度都度噛み付いて行ったものだ。

なぜ、しないでということをするのだ、と詰め寄った。

 

彼は

憎らしいほどに静かに冷静に

なぜわざわざわたしを逆なでするようなことをするか、その理由を語りはじめるのだが

結論から言うと

わたしの言動がそうさせるのだ、で

まとまってしまう。

 

今回の場合でいうならば

最低限の会話は成り立つし、尖あっているわけでもないが、互いに互いの存在を極力意識せず

穏やかに過ごそうとしている。つまりは互いの存在を無いものかのように過ごしているわけで、

電気をいきなり消されたところで

あなたも同じことをしているのだよ、と

返ってくると予想する。

 

もしくは

 

ぼくは暗いほうが落ち着く。

ハナコは明るいほうがいい。

長い時間我慢して明るくしていた。

交代で暗くしただけの話だよ。

けすよ?と聞かなかったけれど、なら

ハナコは、電気をつけるよ?とぼくに聞いたの?

 

というパターンだ。

 

わたしからすればこれは挑発。

挑発に乗った先は

ながいながい話し合い。

関係が一時的な改善に向かうきっかけだとは思う。

 

ただ、もう、そういう一連の流れにみすみす

乗っかる気力が湧いてこない。

 

 

ふたり暮らしだけれど

この暮らしの基盤はすべて彼で、

ベッドも、テーブルも、周りにあるものすべて僕が買った、僕のものだ、と言い出しかねない彼。

事実、そうだし、彼より給与面で劣るわたしがそれに甘んじてきたばかりに

わたしはいつまでたっても出てけ、と言われる側なのだ。

 

ふいに電気を消されようが

プシッと派手に開けるビールの音が怖いと感じようが

挨拶を無視されようが

文句を言えば、立場をわきまえない愚か者扱いだ。

 

居候は居候らしく

慎ましく遠慮しながらそっと置いていただく。 

 

彼が求めるわたしとは、きっと

真逆なとこにいるのが、このわたしなのだ。

 

文句は言わない。

悪態をつかない。

嘆かない。

出てけ、まで言わせない。

 

今はそうして静かに心の向かう先をさぐる。