★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠いひと28

仕事に夢中になれた1日だった。

合間に彼の職場に顔を出した。

 

今日はまだまだ初歩の段階の覚えゴトの確認。

いくらメモを眺めていても実践しなければ

いつまでたっても覚えられない。

わかっているから、ウエルカムモードには見えない彼の背中に、意を決して

コレをやってみたいんだけど、と声をかける。

 

メモを見ながらやってみる。

途中わからなくなっても手順はPC 画面のどこかに指示が出る、とずっと言われ続けているのだが、どこを探してもない。聞くしかない。

教えてくれるのだが、口調テンポが早すぎて、

すん、っと頭に入ってこない。

たぶん彼も、わたしがそんなふうだとわかっているから、リピートしてくれる。

ただ、申し訳ないのだが何度リピートされても

テンポの速い口調だと、それに気圧されるのか、脳が思考を止めてしまう。

 

彼だけでなく、昼の仕事の上司も同じなのだが、

わからないことを質問したときに

ぺらぺらさらさらさらさらと回答してもらうと

何故だかなかなか飲み込めない。

レコーダーに録音して、スロー再生しながら、

ストップボタンを押して、1行ずつ、噛み締めながら頭に入れてゆけたら、とおもうくらいだ。

彼らが特殊なのか、わたしがおかしいのか。

 

なんとか一連の流れをやり終えただけで

どっ、と疲れてしまい、おさらいがてらメモに

あれこれ追記して、とりあえず今日は1個進んだ、ということにしよう、と決めた。

 

すこし無駄話がしたくなり、午前中の出来事を彼に軽く振ってみるが

ふうん。。みたいな反応。

投げたらキャッチはするけれど

投げ返すのはちょっとね、なのか。

さみしいキャッチボールだ。

ならそのボール返してよ。壁に投げて遊ぶから。

まぁ、このブログがひとり遊びの代替品みたいなもんだけど。

 

彼に対する恐怖心は、たぶんこの先も

消えることはないのだろう。

それは彼だけが悪いのではなく、わたしがもともと持っている何かが、そうさせているのだとおもう。

 

彼のバイト上がりの時間が近づくと

すこし緊張する。

この2日は先に寝てしまったが、夕べは

ビールを冷やす音や、冷蔵庫の開け閉めの音が

ひどく大きく聞こえてしまい、ベッドの中で目を覚ました。

 

疲れて帰宅したら、相手は寝ている、という事に苛立っているのかな、と思ったり

さみしいのかな、と思ったり

単にわたしの存在を気にしていないだけか、と思ったりする。

 

彼と暮らしていると

している事も、していない事も全て咎められているように感じる。

彼以外に、探せば話す相手がいくらでもいること。

彼以外にも会いたいと願うひとがいること。

長くは続けていけないであろう営業を仕事にしたこと。

夜のバイトを辞めてしまったこと。

次の仕事をなかなか決められないこと。

いつまでたっても彼の代わりになれないこと。

わたしが、わたしであること。

 

いまから遡って遠い日

彼はわたしの事を見上げていた。

もちろんそれは買い被りだったのだけれど

ハナコはすごいよ、と崇められるのは心地よい事だったし

そう思い込んでくれている彼には

弱味を見せないように出来た。

大丈夫、大丈夫、そう言えた。

 

まるっ、と全部みせてみようと腹をくくって

曝け出したらこうなった。

自分でもげんなりするような性質のわたしなのだから

彼が呆れるのも、仕方のない事だとおもう。

 

眠る彼は

たまに唸ったり、ぷすっ、ぷすっ、という寝息を立てたり、子供のように見える。

だから先に起きたら、頰を撫でたくなる。

無防備すぎる寝顔にキスをしたりする。

寝惚けているうちに、わたしがいちばん近くに来たという感触だけ残しておこうと。

 

まだ子育てをしていた頃。

この未熟で自制の効かない愚かな母親が

その日いちにちに、彼らに与えてしまうであろう、不快な思いを先に詫びておくかのように、

起きるなりすぐに幼い子供らを、ぎゅっと抱きしめていた。

 

彼にも似たような想い。

 

そんな儀式をしたところで

なにかが大きく好転するはずもなく

 

ただ、気休めくらいは求めても

いいのじゃないかと思って。