★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠いひと29

夕方からの時間がやたら長い。

あまりに長いので、急ぎ帰宅をせず

夕方に仕事を入れてみたりしている。

 

ほんの数ヶ月前まで

夕飯は当番制で作っていた。

彼が仕事に出るまでの時間に食べるために 

なるべく早く帰宅した。

 

帰ると部屋着に着替えて

彼の眠るソファに無理やり潜り込んで

ふたりぴたりと身体を寄せ合って仮眠をとった。

それは1日のなかで、わたしがいちばん大切に思っていた時間だった。

今は彼がわたしの帰宅を待っているとは思えない。

ソファで眠る彼を起こしてはならないような気がして、寄ってゆけない。

だから同じ部屋のベッドに潜り込む。

 

夕寝は心地良い。

けれど、彼と違って、アフターに仕事のないわたしが、仮眠を取る必要はないし、

なんとなく彼に悪い気がして落ち着かない。

 

いま、この時間になると、すこし眠気が襲ってくるのだが、

先に寝てはいけないようにおもう。

 

住む場所をシェアしている、とは言えないのかもしれない。

彼からみればわたしは居候だ。

それはずっとずっときっとそう。

 

一番最初に

出て行け、と、言われたとき

ショックすぎておかしくなりそうになった。

彼が探して彼が払って用意してくれた部屋。

そんなのわかってる。

けれど、ふたりで、そうしようと決めたから

いそぎ、遠くからやってきたのに

この部屋は僕のものだから出て行けということか。

 

いさかいのたびに発せられる、出て行け。

居候の癖に、が、いつもあるのだろうと思える。

お気に入りの木製茶碗や、集めた食器や、

ふたりで買った小物を、勝手に捨てるというのも、

それらは彼のものであって

わたしのものではないということだろう。

この部屋にあるものすべて彼のものだ。

わたしは借り暮らし。

アリエッテイほどちいちゃくなくて

申し訳ない。

 

だから、彼が夜のバイトに出たら

ファンヒーターは止めておく。

居候は我慢できるところは我慢して、

せめて無駄をなくさなければ。

 

いまのこの関係はもう変わらないのだろうか。

たられば話、

宝くじをあてて、彼に、はい、と手渡したら

いままでのことをすべて忘れて

ふたりの時間をなにより大事にしたいと

彼は思うのだろうか。

 

実は暗い部屋よりもオレンジ色の優しい灯りで

過ごす方が好きなんだよ、と伝えたり

ビール開ける音、うるさいょー、と小言を言ったり

寝るときはいっしょがいいょ、とわがまま言ったり

できるのだろうか。

 

そうしてはいけないのだろうな。

 

わたしはきっと

彼にとってオンナではなく、母もどきなのろう。

母のように深い愛でもって

受け入れ許し甘えさる度量を求められてきたのに

そうさせてはあげられないのがいけないのだろう。

 

わたしは平気だよ。

あなたがどんなそっけない態度でいても。

つぎにまた出て行け、とあなたが言うまで

ここにいる。

なにも感じてはいないような顔をして。