★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠いひと31

休日。

ゆっくり目覚めて、ソファで眠る彼が

横向きに身体を回すのを待って

するりと潜り込む。

 

背中を彼の胸に押し当てて背後から

抱かれる形をとる。

くの字になった身体がふたつ並ぶ。

寝ぼけてわたしのお腹あたりに手を回す彼。

こうしていると

何もなかったかのように思えてくる。

 

ややあって、トイレに目覚めた彼。

元の場所に戻ってくるかとすこしだけ期待して

背後に空間をとったまま待ってみたが、

そうそう期待どおりにはならない。

諦めて声をかけ、ふたり分のコーヒーを淹れる。

 

手芸をしようか、本を読もうか、

仕事の準備をしようか、あれこれ頭を巡らすも、なんだか落ち着かない。

 

お昼前になった頃、

彼が、ソファから立ち上がり、台所へ。

ほどなくガーリックの香ばしい香りがしてきた。

パスタを作り始めたのだな。

たべる?とか、聞いてこないだろうなぁ。

ご飯は別で、と決まってからの話し合いで

週末くらいはいっしょに、と提案したのだけれど、そういえば

そうだね、とは言われていない。

 

パンを焼き、パスタを皿に盛り、

黙々と食べ始める彼を見ていてお腹が減ってきた。

わたしは。。なんでだか、彼のようにはできない。

食事や飲み物を作ろうとしたときに

同じ空間にいる相手が、それを欲するかしないか、確認せずにはいられない。

 

ひとりだけ作って食べて飲んでをする事で

気持ちが重くなってしまうのだ。

 

まあ、1度決めた事を決めた通りにする、は

当然だし、彼らしくはある。

 

ならば、と気を取り直して軽めの食事を済ませ、着替えて出かけることにした。

買い物、図書館、行き先ならいくらでもある。

 

わたしがいてもいなくても

彼の休日の濃度が変わるわけではなさそうだし。

 

時間をたっぷりかけて、

買い物から帰って、つい癖で、ただいま、と

声をかけるも、無言。

置いて出るのはイケナイということか。

 

なんとなく揚げ物が食べたくなり

久しぶりに油料理にしてみた。

彼は夕方になるかならないかの時間から

ビールを1本あけている。

ならばおつまみに

熱々をどうぞ、の気持ちで

揚げながら、食べない?と声をかけるも

うん。とちいちゃな返事。

 

たべない?うん。

 

たべないに同意なのか、たべるよ、のうん。なのか、これじゃぁわからない。

たべる?と聞けばよかった。

 

2回問いかけて、どうやらたべるということらしく、彼がカウンターテーブルに移動してきた。

 

黙々と食べる。

ふたりとも

ただ黙々と。

 

生きるために摂取して排出する。

排泄する行為は個室で。

摂取する行為は楽しみながら憩いながら、が

推奨される。

面白いな、とおもう。

 

どちらも楽しみながら、憩いながら、とするなら

向き合ったり横並びになったりして

便器に座り、談笑したりしなければならない。

排泄はタイミングがあるから?

いや、食事だって、皆一様に同じタイミングの空腹感で摂るわけでないのだから。

 

排泄で沈黙。

摂取でも沈黙。

 

一貫性があって悪くないじゃない。

 

つまらないけど。

彼もつまらないだろうけど。

 

ふたりの関係についての話をしない以上

話すことなんてそんなにないのだから仕方ない。

軽く世間話を振っても、投げたボールは彼のポケットの中。

構えた手元にはかえってこない。

 

 

かれこれ、ひと月か。