★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠いひと54

日付が変わる1時間くらい前に

バイトから彼が帰ってくる。

 

がちゃっ、と玄関の鍵を回す音がすると

胸がぎゅっ、となる。

これは今のような無言大会になる前からの事。

 

仲良くしているときも

わたしは彼の帰宅の度に胸がぎゅっと締め付けられ、身を竦める癖がついた。

 

いってらっしゃい、と抱きすくめ、戯れ笑顔で

見送った数時間後、

おかえり、と、同じように迎えようとしたら、

その彼は別人2号に変身していて

仏頂面のつっけんどんだった、ような事が

幾度かあったせいだ。

 

ユダンシテハナラナイ

 

1日は、わたしがおもうよりもきっと長く、

数時間もあればヒトの気持ちというものは

180度変わるということか。

 

彼が立てる音に敏感になりすぎるのは

悲しい事だけれどやはり、怒りの感情を露わにする時に彼が物を壊したり私に手を上げたりした結果だ。

 

出かけた時と変わらぬ様子なら安堵し、

すこし翳りが見えただけで落ち着かなくなり、

思い過ごしかもしれないと、朗らかに声をかけ、反応が悪いとさらに不安になり

 

狙っているわけではないだろうけれど

彼のその時々の心情に合わせて右に左に揺すられてきた。

 

そういうひとなのだ、と

いちいち狼狽えたり過度に反応したり

しなければ良いのだろうに

それができるほどには、わたしは達観しておらず、

めそめそ泣いたり、暗く沈んだりするばかりだった。

 

怒りの沸点まで彼をもってゆくのは

ほかでもないわたしなのだ、と指摘されれば

そうだろうとは思う。

その怒りの沸点というのが

低すぎるのではないかという疑問もあるが、

他者を受け入れない彼の唯一のヒトが、わたしであるがゆえに沸点が下がるのもやむなしと

言われればまた、そうですか、としか返せない。

 

わたしには怒りのパワーが足らない。

彼に対しての怒りなんて焚き火みたいなものだ。

風が吹いたら消えてしまう。

激しく怒り続けるための燃料がないのだ。

それは彼が言うように

感情の向かい先が彼だけではないからなのかもしれない。

彼とだめになっても

ほかに話す相手も、愚痴をこぼす先もある。

感情の逃しどころがあちこちにある。

 

だから?

 

だから

 

彼の怒りを正面から受け止め

恐れず

叩かれようが

右を打たれれば左を

されるがままにされて

言われ放題言われてよしとしろと?

 

なんどもそこへ立ち戻る。

 

いつまでぐるぐる回って回っているのだ。

54記事目じゃないか。

 

冬が春になろうとしてるじゃないか。

 

わたしは馬鹿か。