★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠いひと58

ひさびさにテレビをつけたら

占い師が若い女性に語りかけていた。

 

「自分自身のことだけを考えていると、病むんです。自分より他者のことを懸命に考えている間は病んだりしない」

 

そうかもしれないなぁ、と素直に思える。

 

ひとりきりで自分を掘り下げて

過去を振り返りながら、あれがだめだった

これがだめだった、だから今こうなんだ、

などとグジグジ考えていると、そこからひとりでに浮いたりしない。

 

悩んだり落ち込んだり

集中して自分の事だけを考えられる時間がある、というのはある意味贅沢な話だ。

今日も明日もない、暮らしてゆけない、となった時に、病んでるゆとりはない。

生きてゆくために動かねばならない。

 

わたしは

わたしが

 

わたしわたしと言っている間は

彼はこのままなのだろう。

 

 

今日、彼の職場から、一足先に帰宅しようとしたら、

千円札を差し出しながら

カップ麺でもなんでもいいから、適当に買っといてもらおうかな、と彼が言う。

無論、僕の分を、ということだろう。

 

なんだかふいに、

その頼み事が、えらく不自然な話に思えて

お札を押し戻しながら

パスタを作るつもりだから、一緒にどうかと尋ねてみた。

少しの沈黙のあと、躊躇うように

頷く彼を残して、スーパーに向かった。

 

アラビアータ。

ほうれん草のソテー。

胚芽パン。

 

数ヶ月ぶりに並んで夕飯をとる。

なんてことはない。

かつてはそうだったのだから。

 

ひとり分作るも、ふたり分作るも手間は変わらない。

彼は自身が食すためだけにキッチンに立って

火を操り鍋を振るけれど

わたしは誰かに差し出す時でなければ

調理をする気になれないタチで、

この数ヶ月、電子レンジで温める夕飯か、買ってきた惣菜のみで夕飯を済ませてきた。

 

会話が弾むわけでもなく、

相変わらずの空腹を満たすだけの時間だったけれど

夜のバイトに出て行く彼にわずかな休息の時間をプラスしてあげたい、という

ちいさな思いやりが行動に移せたことに

満足した。

 

彼がどう受け取るか、とか

もう、そんなものは考えないでおこう。

 

かわらず

帰宅するなり暗闇となった部屋に

ふたつのスマホの光。

ビールを開ける音。

 

だから?

 

だから

どうということはないのだ