★ひとファイル★

馴染んだ、親しんだ、愛した、嫌った、わたしが出会ったひと達のお話

いちばん近くて遠いひと62

おはよう、おやすみ、はもちろん

いってらっしゃい、も

おかえり、も

言わないまま終わった日曜日。

 

なんとなく声をかけたくなかったのだ。

 

どんな挨拶を投げかけても

目を合わせることもせず

ちいさく、はぃ、と呟くことがわかっていて

根気強くそれを続けることが

よいのかどうかわからなくなったのだ。

 

そんなひとこえが、あるかないか、なんて

彼にとっては重要ではないのだろうし

むしろ、それをやめないわたしを怪訝に思うのだろうと推測してしまう。

 

したくなかったから、しなかった。

それだけだ。

 

おかえり、とも、

いってらっしゃい、とも言われないわたしが

おなじようにした、だけの話。

 

バイトから帰宅した彼を読書の手を緩めることなく無言で迎え、

やや、乱暴に冷蔵庫を開閉したり、

ドアを閉めたりする音に

恐怖する気持ちだけではなく

不快感が混ざるようになったことを

進歩だととらえるのはおかしいだろうか。

 

いびきが聞こえはじめたら

彼の眠るソファにゆき、

彼の身体を動かしてスペースをつくり

身体を滑り込ませて眠る。

寝ぼけていようが、入ってくるな、と

拒絶されたら以後はやめようとおもっている。

いまのところ、寝ぼけた彼は素直にスペースをあけ、わたしを迎え入れる。

ただ、日が経つにつれ、彼のお腹と

わたしの背が触れ合う感触が

ぴったりとフィットしなくなっていると感じる。

男児を抱いた感覚と、女児との差くらいに。

 

明け方近くになると

狭いスペースに無理な体勢でいるために

身体が痛くなってくる。

いつしか背面から押し出され、いまにもソファから落ちそうになる。

トイレに目覚める彼は、わたしの背後で起き上がり、再び戻ってくる。

戻ってこなかったり、寝ようとしなかったら

わたしはベッドに戻るつもりでいる。

 

これは儀式のようなもの。

彼のそばでなくては眠れないわけではない。

いつ拒絶されてもおかしくない。

もしかしたらわたしは

彼が拒絶してくるのを待っているのかもしれない。

なんの意思表示もしてこない彼。

言葉、動き、どちらで表現することもない。

 

わたしは

1日の終わりに彼のそばに寄ることで

それを果たしているとおもっている。

儀式であれ。

 

今日こそは拒絶なのか否か。

暗闇となった隣室に向かう。